下田市

静岡県下田市の公式noteです。伊豆半島の南部に位置し、海と山そして黒船来航の歴史を持つまちです。ワーケーションや地域企業の紹介、移住促進などの産業分野をメインに発信していきます

下田市

静岡県下田市の公式noteです。伊豆半島の南部に位置し、海と山そして黒船来航の歴史を持つまちです。ワーケーションや地域企業の紹介、移住促進などの産業分野をメインに発信していきます

記事一覧

    • “コミュ力”で世界を広げる、仲間を増やす。下田で理想の海ライフを叶えたイベンター

      イベントディレクター 戸野海雪さん “お試し期間なし”でいきなり下田に移住——本日はご自宅にお招きいただき、ありがとうございます。キレイな建物ですが、こちらは新築ですか? そうです。この家は2023年11月に完成して、その年の12月に夫と二人で下田に引っ越して来ました。 ——いきなり新築とは思い切りましたね! まずは賃貸の物件などで“お試し”してから、本格的に移住を決めるケースが多いのですが… よく驚かれます。私は変化球が投げられない猪突猛進タイプでして、思い立ったら

      “コミュ力”で世界を広げる、仲間を増やす。下田で理想の海ライフを叶えたイベンター

      • 年間5万キロ移動しながら地方DXに取り組むイノベーターはなぜ、下田を重要なビジネス拠点として選んだのか

        ご登場いただくのは、上場企業のプロモーション本部長の経験をもち、フリーランスのマッチングプラットフォーム Lancers を提供する「ランサーズ株式会社」の取締役を経て、現在、同社のチーフエバンジェリストオフィサー(※)を務める根岸やすゆきさんです。根岸さんのユニークなプロフィールについては、ご自身が綴っておられるnoteをぜひご覧ください。 訪れたのは、根岸さんが「月3分の2はここを根城にしている」と笑うコミュニティスペース「WITH A TREE」。前回の宮崎豊さんもこ

        年間5万キロ移動しながら地方DXに取り組むイノベーターはなぜ、下田を重要なビジネス拠点として選んだのか

        • 下田の魅力は「人」。異色のキャリアを活かし、最高の仲間たちと地方創生DXに取り組むプロジェクトマネージャー

          宿泊施設DX 集客プランナー/地方観光DXディレクター Squad合同会社 プロジェクトマネージャー/DJ 宮崎豊さん プロ集団の一員として集客支援に携わる———まず、宮崎さんの現在のお仕事について教えてください。 主に企業や施設の集客支援、新規事業の立ち上げなどをサポートしています。特に、予約数を増やす方法を提案したり、マーケティングを支援したりすることが多いですね。個人としての集客支援事業に加えて、最近は「Squad(スカッド)」という会社のメンバーとして、プロジェク

          下田の魅力は「人」。異色のキャリアを活かし、最高の仲間たちと地方創生DXに取り組むプロジェクトマネージャー

          • ファミリー層に特化した一棟貸しコテージをベースに、あらゆるツールで下田の魅力を発信する"PR隊長"

            サニーサイドコテージ代表 濱口梨絵さん 「私に宿をやらせてください」 ———ここに座っていると、海が近いのを忘れてなんだか北欧の森の中に迷い込んだような気持ちになりますね。素敵な2棟のコテージはいつ頃に建てられたものなんですか? ほんと、海より山を感じますよね。ここは26年前(1998年)に両親が建てたものです。いまでこそペンションや貸別荘がいくつかできていますが、当時は何もない森のなかでした。この敷地も山を開墾するところから行ったそうです。 きっかけは、カフェのお客

            ファミリー層に特化した一棟貸しコテージをベースに、あらゆるツールで下田の魅力を発信する"PR隊長"

            • 伊豆素材のリキュールを世界に発信したい。海と豊富な果実に魅せられ、白浜に蒸留所をつくった若者の大きな挑戦

              伊豆下田 白浜蒸留所 白井健太さん 僕がリキュールメーカーになるまで ——ご出身は大分県だそうですね。いつからお酒造りに興味を持つようになったんですか? 大学を中退後、いくつかの職を経てITベンチャーに就職し、プログラマーとして働いていました。当時、ふらっと入ったバーでクラフトジンに出会い、自分でお酒をつくってみたいと思ったのが最初のきっかけです。もともとものづくりが好きで、面白いと思うと自分でつくってみたくなる性分なんです。 リキュール(注)を製造しようと思ったのは、ク

              伊豆素材のリキュールを世界に発信したい。海と豊富な果実に魅せられ、白浜に蒸留所をつくった若者の大きな挑戦

              • 「旅の締めくくりの思い出に美しいリボンをかける。それが下田の玄関口-FRONT-である僕らの役目」

                下田時計台フロント代表 長池茂さん みやげもの屋が考える「リボンの役割」とは? ——たしか、下田に伊豆急が開通したのと同じ年の創業でしたよね。1961(昭和36)年。長池さんはまだ生まれていなかったわけですが、その当時のこと、わかる範囲で教えてもらえますか? 下田にとって鉄道の開通は明治以来からの悲願だったらしいのですが、いよいよ実現するとなったとき、駅前にみやげもの屋のひとつくらい必要だろうと、僕の母方の祖父を含めた3人で創業したそうです。 もともとの店名は漢字で「

                「旅の締めくくりの思い出に美しいリボンをかける。それが下田の玄関口-FRONT-である僕らの役目」