市民の健康は地域全体で考えるべきミッション。ヘルスケア事業で健康寿命の延伸に取り組む「ケアショップふじた」代表、藤田庸さん
介護人口の増加を見越し、ケア事業を立ち上げる
——朝の陽射しが差し込んで、とても気持ちのいい空間ですね。みなさん朝から運動をされて汗を流されていて、こちらまで爽やかな気分になります。藤田さんがフィットネス事業を始めたのは、10年ほど前と伺っています。創業はケア事業からのスタートだったと。なぜ下田でケア事業を?この仕事を選ばれた経緯を教えていただけますか。
下田で生まれ育ち、高校を卒業後、東京の語学系の専門学校に進学しました。その後、東京ガス系列の会社で工事の図面を引くような仕事を3年ほどしていました。でも、下田の外の世界を知りたいと思って東京に出たものの、そこでずっと会社勤めを続けていきたいとは思えなかった。子どもの頃から祭りが好きで、サーフィンもしていたので、休みのたびに下田に戻ってきているうちに、やっぱり地元がいいという気持ちが強くなって。24、5歳で会社を辞めて、下田に帰ってきました。
最初の1年は、知り合いの設備屋さんの社長にうちで働きなよと誘ってもらって手伝っていたのですが、やっぱり会社勤めは苦手で(苦笑)。建築の仕事の経験を活かして、自分で独立できないかなと考えるようになったんですが、本当にそれが自分のやりたいことなのかどうか、また自分が得意なことなのかどうかもわからなくて、ずっともやもやしていた。その後、友人のお父さんがやっているOA機器会社に転職し、賀茂地区のいろんな会社さんに出入りするようになったんです。そこでの刺激が自分の視野を広げ、今の事業につながりました。
その頃、ちょうど介護保険制度が導入されるタイミングで(注・2000年創設)、いくつかの事業者さんの立ち上げに携わらせていただいたんですね。それまで介護事業は、行政で定められた機関でしか行えなかったのですが、介護保険導入後は民間が参入できるようになった。介護保険の適応事業の一つに、住宅やマンションの段差をなくしたり手すりをつけたりするバリアフリーリフォームがあって、その分野であれば自分の経験を活かすことができるかもしれない。日本の高齢化はこの先さらに進んでいくだろうし、介護を必要とする人と、その人をケアする家族や介護従事者も増えるだろう。それは田舎の下田でも同じだろうし、当時から若い世代の人口流出が問題視されていたので、この先、住宅改修を希望するご家庭が増えるのではないかと考え、住宅改修と福祉用具の販売・レンタル事業を主軸にした「ケアショップふじた」を立ち上げました。2002年、28歳のときです。
――20代で、日本の未来、下田の将来像を見越して開業するってすごいですね。社会のニーズと自分のスキルとを鑑みてというのが。
いやあ、そんなカッコイイものじゃないんですよ。とにかく不安だったんです。国とか制度とか組織とかに守られているうちは、何かあったときに生きていけなくなるかもしれないと、漠然とした不安がいつもあって。だから自分でなんとかしなければという危機感からの出発だったんです。
当時は介護バブルなんて言葉が生まれたくらい、民間が介護事業に参入できるようになってさまざまなビジネスが生まれました。自分もまわりの人たちから、「いいところに目を向けたね」「これから伸びる産業だね」とよく言われましたね。
たしかに2000年から介護関連ビジネスは拡大したのですが、少し前から飽和状態で、賀茂郡地域でいうとすでに縮小に向かっています。高齢化率は上昇しているのですが、人口減少から高齢者数は減っているんですね。事業を始めて10年くらい経った頃にそのことに気づいて、何か手を打たないとと模索するように。それで新たに始めたのがフィットネス事業です。2013年、市内にフィットネスジム「EaseWellness」を設立しました。
きっかけは、市場の将来性を考えてのことだったのですが、もうひとつ高齢者の方々と接するなかで気がかりなことがありました。ご連絡をいただいたときはすでに歩行が困難だったり、寝たきりになってしまっている場合がほとんど。歩けなくなったから車いすを借りたいとか、起きられなくなったから介護ベッドを使いたいなど。でも、自立した生活が難しくなってしまうと、そこから回復するのはなかなかむずかしい。仮にもう少し軽い段階で出会ったとしても、僕らが運動したほうがいいですよとアドバイスしたところで、運動したほうがいいのはわかっているけど、しんどくてできないからこうなってるんだよと言われてしまう。そういう状況にもどかしさを感じていたんです。
要介護状態にならないために、自分たちにできることはないか。そうやって生まれたのがこのフィットネスジム。自分の足で歩けているうちに、運動的なアプローチをすることで介護予防につながれば、ご本人はもちろん、介護をされる家族にとっても喜ばれるんじゃないかという発想でした。
地域の健康寿命を延ばすために自分ができること
——介護予防というと、まだ自分は早いと思われるかもしれませんが、実際には40歳ぐらいから対策が必要なんですよね?
そう、僕らの世代はもう介護予備軍なんですよ。40歳ぐらいから認知症の要因になる脳内たんぱく質が発生しやすくなったり、筋力的なことでいう人間の筋肉量は20代をピークに、何もしなければどんどん落ち続けていきます。40歳を過ぎると、生活習慣病のリスクも高くなってきますし、運動不足のままでいると、フレイル(筋力や心身の活力が低下した状態)や、移動機能が低下するロコモティブシンドロームになってしまうかもしれません。だから、運動習慣は若いうちから身につけたほうがいいんです。
とはいえ、田舎に住んでいると、なかなか運動をする機会ってないですよね。ひとり1台車を持っているような環境で、歩いて5分10分のところも車で移動してしまう人が少なくありません。都会の人のほうが通勤や移動でよほど体を動かしているんじゃないかな。体って不思議なもので、動かしているともっと動かしたい運動したいと思うようになって、体を動かしやすいメンタルになっていくような気がするんですよね。逆に、動かさなければどんどん動きたくなくなってしまう。
——耳が痛い人、多い気がします(私もです、汗)。今の時代、ネットで買い物ができてしまいますし、リモートワークで自宅仕事が可能になった人も多い。意識しなければ、人はますます運動しなくなってしまうかもしれませんね。ここ下田で言ったら、自然に囲まれて一見、健康的な生活が送れそうなイメージがありますが、じつは運動不足になりやすい環境だという…。
運動、というと、習慣がない人にとってはとてもハードルの高いものに聞こえてしまうかもしれませんが、僕らが提案する運動というのは、あくまでも健康寿命を延ばすための運動です。運動が苦手な方でも、一生自分の足で歩ける体をつくるためのものなので、続けるのがしんどくなるようなハードなトレーニングをすすめることはありません。大事なことは、週に2日でも定期的に運動をする時間をつくること。そのための「場」として、このフィットネスジムを役立ててほしいと思っているんです。
下田のお年寄りを見ていると、自分で野菜をつくっていて、毎日畑仕事に精を出している方がたくさんいらっしゃいます。都会の高齢者よりよほど体を動かしているから運動になっているんじゃないかという意見もあるのですが、それだけでは運動の「強度」としては残念ながら足りません。それは、「毎日たくさん歩いているから大丈夫」という方にも言えることなんですが、たとえ1万歩歩いたとしても、ふだんの歩くペースと変わらなければ筋肉はつきません。もちろん、家でゴロゴロしているよりは、畑仕事をしたり、ウォーキングをしたりするほうがアクティブシニアとして素晴らしいと思うんですが、体を健康な状態で維持するという観点で考えると、運動負荷が低すぎる。将来、寝たきりにならないためには、筋肉量を増やすことがいちばんのポイントなんです。
そのためには、日常生活よりも高い負荷を与えることが必要。そのことをまずは理解してもらえたら。
人は「健康になりたい」と求めた瞬間から変われる力があると思っています。うちのジムには150名の会員さんがいるのですが、みなさんの入会動機や目標をうかがっていると、親の介護や病気をきっかけに、そうならないために運動しなくちゃと思ったとか、パートナーの体の不調をきっかけに自分も気をつけなくちゃと思ったとか、意外と家族や身近な人がきっかけになっているケースが多いんですよね。そういう状況を見ていると、健康というのは本来個々人のものだけれど、地域全体で健康に目を向けるというか、意識することが大事なのだとひしひしと感じます。
人口減というピンチをチャンスに変える
——健康を「個」から、地域全体のミッションに。というわけですね。とても重要な視点だと思います。どうしたらまちぐるみで健康意識を高めることができるのでしょうか。何かアイデアはありますか?
地域全体で健康を担うためには、自分たち1事業者だけの取り組みでは難しい。フィットネスジムだけでなく、さまざまなヘルスサービスを行う事業者がこの地域に増えて、いろんな角度から健康を意識する機会が増えることが必要なのかなと思うんです。うち1社だけでは人口の100%をカバーすることは到底無理。そもそも日本のフィットネス人口は全人口の5%に留まっているくらいですから(注・アメリカは全人口の3割がフィットネス会員との統計がある)、下田となったらさらに低いでしょう。
じゃあ、どうしたら下田で健康を意識する人を増やせるのだろう。ひとつのアイデアですが、飲食店とコラボするのはどうかと考えました。まちなかの飲食店さんに1品でいいので、健康に配慮したメニューを考えてもらい、それを食べるとたんぱく質が○グラム摂れるとか、食物繊維は○グラム含まれているとかをわかるようにしてもらう。すでにあるメニューのなかからちょっと名前を変えるだけでもいいと思う。それらをまとめた冊子をつくり、持参してくれた方にはうちのジムの会費を少し安くする、とか。こうした取り組みがあるということをみんなが認識することで意識が変わるんじゃないかと思うんですよね。
今って、いろんな食品にたんぱく質が何グラム含まれているとか、ビタミンCレモンの○個分とか表示があるじゃないですか。特にたんぱく質については、日本人は不足しがちだからもっと積極的に食べましょうと啓発運動が行われているので、健康を意識するファーストステップとしていいんじゃないかと。
——おもしろいアイデアですね! 何気なく外食で食べているものの栄養素が書かれていたりすると、可視化の力でみんなの意識が変わるかもしれませんね。
冊子にひと言、「飲んだぶん、明日は体を動かしましょう!」と書いてあったりして(笑)。「ビールを飲んでも、6PACKは目指せます!」とか。男性ってそういうの目に留まると思うんですよね。どんな方法でもいいと思うんです。とにかく、まち全体で健康になろうというムーヴメントを起こしたい。
僕の目標は、地域全員の健康を担えるようになることなんです。
そのための3本柱が、フィットネス事業であり、その後スタートさせたデイサービス事業であり、創業以来うちの主軸事業となっている介護・ケア事業なのです。
今でも福祉用品のレンタルや介護サービス部門が事業として大きいのですが、最初にお話ししたとおり、この地域の介護関連のマーケットは縮小が始まっています。そのため、今後どのように展開していけばいいかについては正直模索中です。当社で働いてくれている担い手は、20代30代の若手。彼らにはできるだけ他業種と同等の待遇で働き続けてもらいたい。将来性がないからと別の仕事を勧めるとか無責任なことはしたくありません。じゃあどうすれば維持できるか。シェアを上げていくか、商圏を広げるかの選択肢しかありません。自分としては商圏を広げてそこでさらに競合他社と戦うよりも、今の商圏(下田市、南伊豆町、松崎町、西伊豆町)のなかでシェアを上げるための戦略を立てるほうが得策だと考えました。改めて自分たちの強みは何か洗い出し、それをお客さまに対して6つのサポートとして打ち出したものがこちらのパンフレットです。
若い世代が稼げる下田であるために
——どのサービスも藤田さんが長年培ってきた経験と技術を活かしたものなのですね。賀茂地区という小さな商圏のなかで、人口がこの先減っていくことが見えているなか、若手社員の生活を支え、事業を継続していくことがいかに大変なことか想像に難くありません。一方で、地域全員の健康の担い手になるという大きな目標がある。どちらも高い山を登っているような気がするのですが、これからの展望についてお考えがあれば聞かせてください。
今いちばん考えているのは、これからの下田を支える若い人たちのことです。自分も子どもが3人いて、まちなかを見渡せば、祭りが好きで下田に残ってくれている若者もいるけれど、若年層は急激に減ってきています。自分たちが子どもの頃の下田とはまったく違ってしまっている。人口減は全国的な現象なので、昔と違うと嘆いても仕方がないのですが、下田の若者たちがここで暮らすことに希望や楽しみを見出せる地域であってほしいと思うし、自分はそのために何ができるかということをずっと考えています。
僕らの事業は、地域住民向けサービスなので、下田市の人口がさらに減っていくのがわかっている状態で、どんなに頑張ったところで上向きになることはないでしょう。だから子どもたちには、自分のやりたいことを探しなよといつも伝えてきました。
ただ、好きなことを仕事にするのと、下田に帰ってこなくてもいいというのとは違います。できれば、下田で暮らせる仕事を見つけてほしい。下田のなかでお金の取り合いをするのではなく、下田の外からどうやったらお金を引っ張ってこられるかを考えてほしいと、上の二人(大学生の娘さんと、高校生の息子さん)には話しています。
じつは、僕自身がそうした外に目を向けたサービスに挑戦したいと考えていて、まだお話しできる段階ではないのですが、具体的に実現に向けて動き始めているので、みなさんにご報告できるタイミングを楽しみにしていてください。
自分は今年50歳。これからの20年を見据えて、自社の柱であるヘルスケア事業を賀茂地区の商圏内で強くしていきながら、下田のまちの新しい魅力づくりにも参画していきたいですね。